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先輩の声

大学の勉強は高校とは違う

中島啓貴先生

東北大学 高度教養教育・学生支援機構、学習支援センター助教(取材当時)
東北大学大学院理学研究科修了/博士(理学)

 

専門分野が数学である中島先生でも大学での数学の勉強には苦労したこともあった。そんな壁を乗り越え、現在は大学の先生として数学の研究に日々励まれている。今回のインタビューでは、中島先生の専門分野である測度距離空間の幾何について、そして中島先生の大学生活についてインタビューした。

作成日:2021年12月6日
編集:紺野涼太郎(工B1) 吉住岳(工B1) 綿貫綾乃(医B1)  樋口風花(工B1)

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Topics

専門分野:測度距離空間の幾何とは

・測度距離空間ってなんだ?

・測度距離空間の幾何って?

・n次元空間って?

・幾何学という専門分野に出会ったきっかけは?

・数学の価値はどこに?

中島先生の大学生活について

・人との関わりを大切にした学生時代

・成長を感じたターニングポイント

・分からないことを大切に

編集後記

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専門分野:測度距離空間の幾何とは

― 測度距離空間について聞いたことがない人が多いだろう。この節では中島先生の研究分野についてお聞きしたことをまとめた。数式を用いた解説ではないので、数学が嫌いな人にも是非読んでみてもらいたい。

 

測度距離空間ってなんだ?

測度空間と距離空間を合わせた空間のことですね。測度とは、面積や体積を一般化したものです。距離空間とは、距離が定まっている空間のことです。

距離というのはなかなか難しくて、適切な距離というのは状況によって異なってきます。距離とは一般的なイメージよりも抽象的なもので、非退化性・対称性・三角不等式を満たしているものは全て距離、と定義されます。例えば、球面をイメージしましょう。球面上では、直線での移動はできませんよね?このような場合は、曲がっているけれども、最短の経路で行きたい訳です。これを球面上での距離と定義することができます。

このような、測度と距離で定めることができる空間のことを測度距離空間と呼びます。

測度距離空間の幾何って?

先ほどまで説明した測度距離空間の具体例(球面)の他にも、測度距離空間は存在します。ドーナツ型や平面などです。これらの測度距離空間の形一つ一つを比べて、性質や空間同士の近さを調べるのが測度距離空間の幾何という学問になります。

これは、我々が生活している3次元上での話だけではなく、もっと高い次元についても当てはめることができます。

n次元の空間って?

n=1の場合の球面とは、全体の空間が2次元で、中心からの距離が1の集合、つまり円周を示します。n=2の場合は、全体の空間が3次元で中心からの距離が1の集合、つまり通常の球面を示します。どちらの場合も、ベクトルの成分の2乗の和である点の集合を示していますよね。

これ以降についても同様です。つまり、成分の2乗の和が1になる点の集合(中心からの距離が1になるような点の集合)のことを、n次元球面といいます。

 

幾何学という専門分野に出会ったきっかけとは

私が今の専門分野に出会ったきっかけは、まず4年生のときにあった数学科のゼミですね。その時に選んだ先生が研究室紹介でn次元球面の集中現象を紹介してくださったんですが、その紹介の仕方が面白かったんです。それに関する性質について自分が証明したとも言っていて、すごい人だな、と思いました。その先生が今の研究室の指導教官なんです。

今思うと1年生のときから入っていた数学サークルの影響もありますね。そこで自主ゼミを指導してもらっていた先輩が今の研究室の人だったので、よく研究室の様子を聞いていました。特におすすめされた訳ではありませんが、もしかしたらそれも今の研究分野を選ぶときに影響していたのかもしれませんね。

数学の価値はどこに

数学は身近なところで言うとコンピューターはもちろん、建築などいろんなところに応用されています。物理学は基本的に数学が使われているから多くの場所で役立っていますね。もともと幾何学は土地の測量から始まっているから実用的なところから始まっています。そのあと数学だけでも十分面白いということでそこから数学に特化して研究していく人が増えていったんだと思います。やっているときは何に役立つかとかは考えずにやっていて、ただ正しいことを積み重ねていっている感じなんですが、その正しいことが何の役に立つかは後からでも考えられるんです。数学って年月がかかる暗中模索の学問だから新しいことを見つけるには時間がかかります。だからあらかじめ理論を確立しておくことで、後にすっと使えて、アイデアが生まれていくものです。数学は「正しい」というその事実だけで価値があると思います。

 

中島先生の大学生活について

人との関わりを大切にした学生時代

1年生の頃は勉強を頑張ろうと思って、数学サークルや自主ゼミに入っていました。でも、学年が進んでいくと本当に専門が一緒の人としか話さなくなったので、割と積極的にアンサンブルサークルとかチェスサークルに参加していました。3、4年生は専門分野の勉強が一気に難しくなったんですが、細々と気が向いた時に参加していましたね。息抜き程度で他のコミュニティの人と話したいなって。

東北大以外の人とも関わりはあって、毎週カフェで何か話そうよっていう活動に参加していました。偏った分野の人とばかり話していると考え方もだんだん偏ってきちゃうので、たまには違うことを話していく感じですね。

数学の研究者でも、学部時代の数学の勉強には苦労があった

そうですね。3年生の専門科目でルベーグ積分論、関数解析と多様体は特に苦労しました。ルベーグ積分論は今の専門の測度距離空間の測度を扱う科目なんです。でも、本当は測度がめちゃくちゃ難しくて、逃げたかったんですよね。測度は割と解析分野によってるので、幾何に逃げようと思ったんですけど、研究室が解析よりの幾何学だったのでルベーグ積分からは逃げられませんでした。

測度は確率論で使われていて、統計学がすごく見通しよく勉強できるようになって面白かったです。統計学は本当は測度論を使わないと厳密に書けないんですよね。1年生だとそこは隠しているんですね。だから結構ブラックボックス的です。統計が分かった気がしないと感じるのは割とそういうところにあったりします。

成長を感じたターニングポイント

私にとってのターニングポイントは3年生のときです。

私の学部では1年生の時に線形代数を習います。習ったばかりの頃はその分野がとても好きで、楽しく勉強していました。でもその後2年生で線形代数のもう少し難しい内容を扱うようになると全然分からなくなってしまったんです。すごくショックでしたね。

でも3年生になって改めて基本から丁寧に読み込んだら、やっと分かるようになったんです。今思うと、線形代数の内容がちゃんと身についたなと思うのは3年生になってからかもしれませんね。1,2年生で習って分からなかったことも放置せず、授業とは別に自分で復習することの大切さを実感しました。復習をすることで理解度が上がってくるし、それによって他の色々な分野に応用できるようになりますから。

この経験が私にとってのターニングポイントですね。

わからないことを大切に

大学の学問は最先端を教えることが目標だから、100%わかることを目標に教えてない場合があるんですよ。正しいから教える、役に立つから教える、この二つに価値を置いていて、わかるから教えるというわけではないんです。真実は手加減してくれないので、正しいからわかるというわけではないですし。

物によってはまだ人間にはわからないものもあります。数学だとミレニアム問題とか。あれは今世紀中に解けたらいいなあぐらいの問題で、一問約1億円の懸賞金があります。

他に懸賞金のかかっている問題にコラッツ予想があります。コラッツ予想の主張自体はすごく簡単 です。ひとつ自然数 があってそれが偶数 だっ たら 2 で 割って、奇数 だったら 3 倍して1を足すっていう の を 繰り返すと必ず 1 に到達するという予想ですが、それは 50年ぐらい未解決です。主張が簡単だからって証明が簡単っていう訳ではないですね。

わからないことって不快で、よくないことだと捉えがちです。でも、わからないけど、レベルの高いことを聴くことができた、触れることができたことに価値があるんですね。わからないことを知ることができたということが大事です。それを大事にしたほうがいい。

編集後記

中島先生とのインタビューを通じて、測度距離空間の幾何についてイメージを持つことができたと同時に、「数学」というものの価値や大学の勉強との向き合い方について、改めて考えさせて頂いた。

 

わからないからといって悲観する必要はなく、わからないことを大事にするべきだ、という中島先生の話は、大学の勉強の難易度の高さに心が折れそうになっている多くの学生を救うことができるだろう。

 

このインタビュー記事を読んだ諸君、仮に授業が理解できなくなったとしても、研究の道に進むことを諦めるのではなく、学問の面白さに触れることができたと前向きに捉えて、大学の勉強に励んでもらいたい。