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先輩の声

人間の普遍性に迫る学問、それが文化人類学!

松谷 凌雅 Ryoga Matsuya

(東北大学大学院文学研究科)

 

 

青森県出身。2021年3月に東北大学文学部人文社会学科を卒業。現在、東北大学大学院文学研究科広域文化学専攻文化人類学専攻分野に所属。専門は文化人類学、移民研究。

 

 

◇人の移動を研究することは自分について考えること

 

-大学院での専門について教えてください。

 

専門は文化人類学です。簡単にいってしまえば、人間の文化を研究する学問です。「文化ってなんなんだ」と思う人もいるかもしれません。広くいうと、人間がやることなすこと全て文化です。例えば、人間にとって食べるという行為は普遍的なものですが、世界各地の人びとが何をどう食べているのか、何を食べないのか等を細かく見ていくと、そこにはいろいろなやり方があることがわかってきます。食だけでなく、宗教や経済、家族関係などもそうです。人類学者は一つの地域に長期間滞在し、そこに暮らす人びとと一緒に生活し、かれらの営みを細かく調べます。それを世界の他の地域で似たようなことをしている人たちの事例と比較し、最終的には、人間ってどういう存在なんだろうということを考えます。比較を通じて人間の普遍性に迫る学問、それが文化人類学です。

 

-松谷さんは現在どのような研究をしているのですか。

 

今は海外在住のベトナム人に着目し、人の移動と関連する現象に着目した文化人類学的研究をしています。

 

-移民や人の移動になぜ興味をもったのですか。

 

私自身がそうだから移動する人に興味があるというのが一つ目の理由です。私の出身は青森県の佐井村という小さな村で、中学校の頃から東北大学を目指していました。理由は二つあって、一つはもっと勉強がしたいから、もう一つは何もないあのど田舎からなんとかして抜け出したかったからです。図書館がない、本屋がない、スーパーがない、塾がない、最寄りの都市まで車で1時間という環境では勉強がしたくてもどうにならないですからね。私のように積極的に移動したいと思って移動する人もたくさんいますし、やむを得ない事情で移動しなければならない人もいます。難民や出稼ぎ者の一部がそうですね。一方で、あの村に定住して一生を終えるという選択肢もあるわけです。移動せず、一つ所に留まる生活というのも一つの生き方です。どちらがいいというわけではありません。

また、ここまではあえて移動と定住を対比してきましたが、そもそもこの対比自体が実は不適切であるともいえます。旅行や出張、留学や買い物などの理由で別の場所に赴くことも立派な移動です。移動と定住という対比は一種のまやかしで、人によって移動の比重が異なっていると言った方が適切でしょう。いろいろな事情を抱えた人びとが世界中を動き回っていて、自分のその中の一人で、どうやら移動する人について研究する領域があるらしい。これが人の移動に興味をもった理由の一つです。

もう一つの理由は、移動した人が故郷とどういう関係性を築いているのかは人それぞれで、そこが面白いと思っているからです。私は進学が理由で地元を離れ、将来的に地元に戻ることはないと思っています。それゆえ、地元を出てからは地元の人たちと熱心に関わってはいません。連絡は一切とっていませんし、帰省した時に会いに行くわけでもありません。親戚には会いに行きますが、儀礼的に会いに行っているだけです。家族との電話だって月に1回すれば多い方だと思います。一方で、移民とよばれる人びとの中には、故郷の人たちとの人間関係を積極的に維持しようとする人もいるわけです。例えば、毎日のように家族と電話して、海外で働いて得た稼ぎを積極的に故郷の家族に送り、帰省する時には大量のお土産を購入します。私のように地元が嫌で出て行った人もいれば、地元が好きで、出て行った後も関係を維持するためにかなり積極的に行動する人もいる。この違いへの興味も私が移動する人を研究する理由ですね。他人のことを研究しているようで、実は自分のことを研究しているともいえます。

 

-松谷さん自身は故郷や以前関係があった人と積極的につながりを維持するということはないけれども、移民の中には自身の家族や親戚と積極的に関わりを持っているという点が非常に不思議で研究をしているということでしょうか。現在行っている研究の意義、というのはどこにあるとお考えでしょうか。

 

海外に暮らしている人たちの具体的な生活を描くという点に意義があると考えています。私が今研究しているのは主にベトナム出身の人です。日本に暮らすベトナム人の人口はここ数年で急激に増加していて、その主な原因は技能実習生の増加です。今や日本国内で2番目に在留人口が多いベトナム人ですが、メディアや研究でのベトナム人の取り上げられ方が一面的なのは否めません。その一つが、技能実習制度の被害者としてのベトナム人像です。技能実習制度との関連でベトナム人が取り上げられることにある種の必然性があることは理解していますが、それに終始するのも違うのではないかと思っています。もちろん、社会問題について論じることが重要であるのは確かなので、それを否定するつもりはありません。他方で、社会問題との関連でのみ取り上げるということにも問題がないわけではありません。社会問題の被害者として描くということは、社会的弱者としてのベトナム人像を再生産するということも意味します。これと暗に対置されているのは、そのような社会的弱者を救う存在としての「日本人」です。ですが、現実はそれほど単純ではありません。「強者=日本人」と「弱者=ベトナム人(=日本以外のアジア出身者)」という図式に収まらない別の現実も強調する必要があります。

取り上げられ方が偏っていることと関係して、ベトナム人は日本で具体的にどういう生活をしているのか、同じ地域に住んでいるベトナム人同士がどういうふうに繋がっているのか、どういうコミュニティを形成しているのか、どこでベトナムの食材を調達しているのかという具体的な話はあまり調査されていません、ニュースでも取り上げられません。このような具体的なベトナム人の生活の様子を描いていくことは、単なる社会問題の被害者にとどまらない、ベトナム人の側の主体性を描き出すことにもつながっていきます。実際に調査し、ベトナム人たちはこういうふうに生活をしているというのを明らかにすることは社会的な意義があることだと考えています。

 

-なるほど。確かに、ネットで調べたりニュースで聞いたりする移民問題っていうのは、かなり漠然と捉えている感じがしますが、実際のコミュニティーの中に入って行って具体的に調べるというのはとても興味深いと感じました。ただ、一つ気になったのですが、移民の主体性に着目する研究っていうのは非常に難しいものがあると思っています。例えば、医学系の領域だと、サンプルの数でおさないと再現性などの面で問題が生じてくるというのがあるのですが、フィールドワークを主体とした研究を進めていく上で難しいと感じる点はありますか。

 

確かに事例の量で勝負するという学問領域もありますが、文化人類学において事例の量はあまり問題にならないと思います。文化人類学では「厚い記述」という表現が用いられます。わかりやすくいえば、フィールドの様子を知らない人にもよく伝わるように書けということを意味しますが、これが非常に難しいです。文化人類学のフィールドワークでは、1年から2年くらいかけて実際に現地で生活します。現地の言語を習得して、同じようなものを食べて、同じように生活します。そして1年間そこで過ごすと、その地域の1年の生活の流れがわかります。住み込みというのがキーポイントになるわけです。濃密なフィールドワークを通じて研究するのが文化人類学のある種の伝統なのですが、今の私の調査方法ではそれができないというのがネックだと感じています。日本に住んでいる人たちと四六時中一緒にいるというのは難しく、実際に会っているのは週に数回、数時間のフィールドワークの間だけで、それがすごくもどかしくもあります。ベトナム人の生活に入りきれていないという感覚ですね。

もう一つは言語の問題ですね。東北大学にはベトナム語の授業がないので、独学で学習するしかありません。現在は日本語を話せるベトナム人に頼っているのですが、一度ベトナムに行って本格的にベトナム語を習得する期間を確保する必要があると考えています。この二つが難しいと感じているポイントです。

 

-移民の生活に密着してより「厚い」資料を集めることを重視する文化人類学の伝統がある一方で、実際のフィールドワークの時間と言語という壁があり、ベトナム人たちに密着できているのかどうかわからないという点が課題となっているわけですね。確かに、その2点は研究の厚みにもかかわるポイントだと思いました。

 

 

◇図書館はとりあえず滞在する場所

-東北大学の文学部を選んだ理由をお聞きしたいです。

 

高校を卒業するまでは考古学の勉強がしたくて東北大学を目指していました。昔は発掘調査で見つかったものの分析を通じて大昔の人びとの生活を再現するという考古学に魅了されていました。オープンキャンパスで考古学研究室を訪れた際に石器の使用痕について説明されて、とても興奮したことを覚えています。人類は色々な用途のために石器を使用していましたが、なんのために使われたのかによって石器の表面に残る痕跡が異なってきます。発掘して出てきたものを調べることではるか昔の人がその土地でどのような生活をしていたのかがわかるということを聞いた私は非常に感動して、「これはもう考古学をやるしかない」と決意しました。

 

-そこから文化人類学へと関心が変わった理由はなんだったのですか?

 

浪人して興味関心が変わったことがきっかけです。考古学がやりたかったことは確かですが、高校までの私は考古学以外の学問を知りませんでした。受験に失敗して仙台で浪人している最中に出会った予備校の現代文の先生が哲学や芸術に対して造詣が深い人で、考古学以外にも奥深い世界があると知ってまた衝撃を受けました。その先生がある授業の中で文化人類学について話していて、「これかもしれない」と思ったのが文化人類学へ変更したきっかけです。もともと考古学の発掘調査という現場でデータを取るスタイルに憧れていたこともあり、異文化でのフィールドワークを中心とする文化人類学の調査方法は違和感なく受け入れることができましたし、何より実際に世界のどこかで生きている人たちと一緒に生活していく中で人間について考えていくという文化人類学のスタイルは非常に魅力的でした。学部1年の専修決定の際には哲学専修に行くか文化人類学専修に行くかで最後まで悩みましたが、異文化に飛び込んでいくという文化人類学のスタイルへの憧れから文化人類学を選択しました。

 

-大学1年生のとき、大学生活をスタートする上で意識されていたことや目標にされていたことはありますか?

 

図書館をたくさん使おうと思っていました。加えて、文学部の各専修には定員があり、当時は希望者数が定員を超えた場合は語学と専門の授業の成績で選抜される決まりになっていたので、行きたい研究室に入るためにもいい成績をとっておこうとは思っていました。

 

-勉強へのモチベーションが高かったとのことですが、実際に楽しかったことはありますか。

 

基本的に大学の講義は全て楽しかったです。自分が履修したい授業を履修できるというのが大学で楽しみだったことの一つなので、哲学や文化人類学の授業はもちろん、自然科学や英語の原書を読む授業など、基本的に全て楽しかったです。また、東北大学の図書館も楽しみなものの一つでした。私の地元には図書館がなく、高校があった市の図書館もどちらかというと憩いの場として機能している場所だったので、「The図書館」のような場所にすごく憧れていました。

 

―反対に、何か不安だったことはありますか。

 

基本的にありません。私は高校生の頃から実家を離れて下宿をしていたので、一人暮らしには抵抗がありませんでした。また、仙台で浪人していたので仙台のことも大体はわかっていました。一人暮らしに対する不安が全くといっていいほどなかったので、大学生活を最初から全力で楽しめたのだと思います。

 

-講義を受けていたり、図書館とかで本を読んでいる時などに、どういう点が面白くてどういう点が楽しかったのかが気になるのですが、どうでしょうか。

 

自分が知らなかったことを授業や本を通じて知ることがとにかく楽しかったです。加えて、高校の授業で興味をもったことについて、偏差値や判定を気にせずさらに深く学べるというのも楽しかったです。例えば、高校の倫理の教科書だと概要の説明だけで終わってしまいますが、大学の講義ではニーチェの『ツァラトゥストラはこう言った』を実際に読んできて、哲学の先生が授業で内容と背景について解説します。ざっくりとわかっていたことをより詳しく知ることができるというのも楽しかったですね。

 

-自分が知らなかったこと、触れたことのないことに触れるのが楽しい、面白い、新鮮だったという感じですか。

 

それが基本的に楽しかったですね。今ももちろん楽しいですけど。

 

-図書館をたくさん使おうと思っていたと話していましたが、おすすめの使い方はありますか。

 

とりあえず図書館にいることをオススメします。そして、図書館で勉強していて疲れた時や飽きてきた時は2階や書庫の本棚の間を歩いてみてください。本の背表紙が自然と目に入ってくるので、歩けば歩くほど図書館にどんな本があるのかがわかってきます。自然と本のタイトルも覚えられることも大きなメリットです。いろいろな本のタイトルが頭に入っているというのは、学年が上になって研究を進める時に役に立ってきます。勉強や研究に力を入れたい人は図書館の中をぶらぶらする癖をつけてみてください。

 

-なるほど。図書館は本を借りるだけの場所ではないと。

 

そうですね。図書館はなんとなく居座って歩き回る場所です。

 

-具体的に面白いなって思った発見はありますか。

 

私は学部1年の春に2階の学生閲覧室の本の背表紙は全て確認したのですが、学年が上がってから改めて背表紙を眺めてみると、学部1年生の頃にはなんとも思わなかった本が目に止まることがよくあります。1年生の時とほとんど同じ本が並んでいるはずなのに、本棚の見え方が昔と今だと全然違います。今でも関係がありそうな本が配架されている本棚を端から端まで眺めてみることはよくします。

 

-何か具体的なエピソードはありますか。

 

例えば、私は文化人類学や移民・移動に関する研究の本をよく借りるので、DCやGといった請求記号がつけられた本が配架されている本棚をよく使いますが、DCやGに人類学や移民研究の本が全て集まっているわけではなく、他の請求記号が割り振られていることももちろんあります。昔、Aという請求記号が割り振られた本を探す際に周辺の本棚も眺めてみました。本館の案内図では「政治/経済/行政」という本が配下されているエリアに該当し、私も法律関係の本が多いと思っていました。その時に改めて背表紙を眺めてみて、Aにも移民研究に関係する本があるということに気が付きました。しかも、DCやGとは少し異なる趣の本が置いてあったので、新しい領域についても知ることができました。これも本の探し方の一つだと思います。

 

-なるほど。そうやって本を探していくんですね。

 

 

◇実際に体験してはじめて気づく自分のバイアス

-ここからは、大学2年生以降の大学生活についてお伺いしたいと思います。大学2年生以降で特に目標にされていたことや意識されていたことはありますか。

 

ひとつは卒論です。その頃から大学院に進学したいと思っていたので、卒論もできるだけいいものにしたいと思っていました。加えて、卒論を書くためには文化人類学についてもたくさん知らないといけないとは思っていたので、研究室の授業を頑張るというのも目標にしていました。もう一つは留学ですが、結果として学部での留学は諦めることにしました。

 

-それに向けて意識的に取り組まれていたことはありますか。

 

文化人類学の教科書を地道に読んでいました。授業だけではカバーしきれない部分もあるので、空き時間や勉強の合間の気分転換の時間など、隙間時間を使って概説書を読み進めていました。

 

-大学2年生以降の経験から、1年生のころにやっておいてよかったなと思うこと、反対に、やっておけばよかったと後悔していることはありますか。

 

それは語学ですね。いろいろな言語を学習しておけばよかったと思っています。大学生は授業料を払っているので、取ろうと思えばいくらでも言語の授業を履修することができます。私は第二外国語でドイツ語を、第三外国語でラテン語を履修していましたが、フランス語やギリシャ語にも興味があったので文学部の授業を履修しようかどうか迷っていました。当時はそれほど余裕がなかったので習得を諦めましたが、今では研究を行う上でフランス語が必要になっているので、学部生に混ざってフランス語の授業を履修しています。早めにフランス語の学習を始めておけばよかったと後悔しています。いつどこでどんな言語が必要になるかわからないので、外部の団体に高額な授業料を追加で払うことなく語学を学習できるうちに幅広く学習しておくといいと思います。

 

-もう一つ、研究についてお伺いします。卒論に向けて研究を進めていく中で、印象に残っている出来事はありますか?

 

それはフィールドワークの経験です。東北大学の文化人類学研究室の学部3年生が履修する「文化人類学研究実習」という授業では、学部生が1人でフィールドワークを行います。興味がある団体や組織にメールや電話をして調査に協力していたいとお願いし、許可がもらえたらフィールドワークを開始します。私は仙台市のベトナム人の調査を始めました。文化人類学のフィールドワークでは、フィールドの内部から社会や文化を理解していくことが求められます。簡単にいえば、他人が見ているように世界を眺めてみることを試みます。ですが、これが本当に難しいです。概説書や授業で何回も読んだり聞いたりしていたはずなのですが、実際にフィールドワークを行うと、内部の視点ではなく、私自身の先入観でフィールドを理解しようとしてしまうことがよくありました。

 

-具体的なエピソードはありますか?

 

学部2年生の時に移民研究の書籍を読んで得た知識が移民コミュニティに対する先入観になっていて、長い間フィールドの理解を歪めていたということに気づいたということがあります。フィールドワークを始める前は同じ国の出身者同士が協力し合って活気に溢れるコミュニティを築いているに違いないと思っていたのですが、実際にフィールドに入ってみると、予想していた在り方とずれている現実がそこにはありました。確かにベトナム人が集まっているけれども、思っていたよりも人間関係があっさりしている。どうやらそこは自分が思っていたようなコミュニティではないということは薄々感じてはいたのですが、それが一体何を意味しているのかということを理解できるようになったのはフィールドワークを開始してから1年くらい経過した頃でした。

 

-なるほど、実際にフィールドに入っていって体験しないとわからないという話ですね。

 

 

-最後に、このインタビューを見てくれている1年生に向けて、何かメッセージをお願いします。

 

その時にやりたいと思ったことをあまり深く考えずにやってみてください。少しでも興味があったら、言語であれ学問領域であれ、かじる程度でいいので勉強しておくのがいいと思います。大学に入って「自分は何に興味があるんだろう」みたいなところから考え始める人は意外と多いと思うのですが、そればかり考えていても不安になるだけなので、講義のシラバスや時間割にしっかりと目を通し、どんな講義が開講されているのかを確認するところから始めてみてください。履修しなくてもいいので面白そうと思った講義に出席する、話を聞く、講義内容に関連する文献を読む、そうしていると自分の興味関心がだんだん明確になってきます。将来自分がやっていることがわからないからこれをやっても役に立つのかどうかわからないと足踏みをしてしまうかもしれませんが、そんなことは気にしなくてもいいです。どうせ自分のやりたいことや興味関心は変わっていきますし、色々とやっておくと後で役に立ったりすることもあります。あまり難しく考えず、4年間好きなことをやって学部を卒業すればいいと思います。それでもまだ学びたい、知りたいことがあると思った人は大学院に進学してください。みなさんが入院する日を心待ちにしています。