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先輩の声

面白いを追求すると、そこに道がある

三上 進一 Shinichi Mikami
(東北大学大学院理学部)

青森県出身。現在、東北大学大学院理学研究科化学専攻に所属。有機化学が専門で、ベンゾチオフェン誘導体を対象に研究を行っている。教育への関心も高く、現在は学部生の学びを支えるSLAとしても活躍している。研究と教育を両立させるキャリアを目標とし、日々研鑽を積んでいる。

◇博士課程の生活
-現在行っている研究活動について簡単にご紹介をお願いします。

専門は化学の中の有機化学という分野になります。有機化学はさらに、薬効を持つような天然に存在するものを作るか、そうではない人工的なものを作るかの2つの領域に分けることができて、僕は後者を研究しています。

-なるほど。ということは、毎日研究室に行って実験をする、という生活なのでしょうか。

そうですね。起きたら学校に来て、眠くなったら家に帰る、という生活です。

-簡単にでいいので、理系の大学院生の生活リズムのようなものについても教えていただけますか。

修士課程は授業があるので、朝から授業がある場合は朝から大学に行って授業を受けます。修士の授業は基本的に午前で終わるので、午後からは研究活動を行います。夜になったら晩御飯を食べて、そのまま研究室に残るか、それとも帰るか、という感じですね。博士の場合は、履修する授業が基本的にはないので、好きな時間に研究室に来て、好きな時間まで実験する、という感じですね。

-修士課程の授業は午前中で終わるのですね。

午後まである授業もありましたけど、基本的には午前ですね。

-研究活動以外で何か最近ハマっていたり、熱中していることはありますか。

最近はないですね。趣味にあてる時間があったら、論文を読んで調べたいですね。「これに目を通しておかなきゃ!」みたいなものが多いので、趣味に充てている時間はあまりないです。修士まではゲームが好きでよくやっていました。パソコンのゲームとか好きだったんですけれども、最近は起動してすぐに閉じてしまいます。もう今日は眠いからやめよう、みたいな。

-学部生の頃はどういう生活をしていたのですか?

今はコロナ禍で自宅にいる方が多いですけれども、僕はコロナ前からずっと自宅にいるタイプの学生で、用事がなければ家の外に出ませんでした。大学に行って授業を受け、帰ったら家でずっとゲームをやっている、という生活でしたね。今は友達とオンラインで飲み会をする、オンラインでゲームをすることが増えてきましたけど、僕は昔からそうだったので、生活自体は今と変わっていないです。

-世間では「新しい生活様式」と言われていますが、全然新しくもなんともない、と。

そうですね、従来の生活様式です。コロナ禍でも全く変わらない。なのでストレスも全くないです。強いていうなら、変わったのはマスクをつけなきゃいけなくなったくらいですかね。

◇90°を有機化学の世界に導入する
-先ほど簡単に研究について紹介していただいたのですが、より具体的に、どういう研究をしているのかをお聞きしたいです。

実際に取り扱っている化合物は、六角形のベンゼンに五角形のチオフェンがくっついた物質、ベンゾチオフェンです。学部3年生の後期から研究室に配属された後、従来作るのが難しかった種類のベンゾチオフェンの簡単な作り方を2年半くらいの時間をかけて開発しました。修士の残りの期間は、それが実際にどう使えるのか、ということを様々な実験データを集めることで評価しようということをやりました。じゃあ具体的に一体どうやって使えるのかということなんですが、まず、五角形と六角形をつなげるとT字型になる部分が出てきます。

この縦に伸びるまっすぐな線に対して、横に1本伸びる線があって、これがT字型になっています。この物質はピッタリ90°…とはいかないのですが、90°やそれに近い角度を持つ有機化合物はあまり多くないですし、制約があったりと導入には工夫が求められます。レゴブロックみたいにこういう90°を使った化学って面白い!と思ったので、こうしたベンゾチオフェンに関連する研究を修士課程まで行っていました。このベンゾチオフェンは紙面に対してほとんど平らな構造を持っているのですが、これを更に三次元に拡張しよう、というのが私の博士課程での研究テーマです。先ほどのT字型を縦に2つつなげると、縦の線に対して、垂直な横の線が1つ増えます。

この横の線同士が平行にならなければ、図のような物質は三次元的な構造を持つといえます。三次元的かつ90°という角度を持った材料、こうした物質がこれら2つの特徴を持ち合わせた面白い材料になるのではないかと考えて、作り方や反応性を調査しています。

-3年生の後期からベンゾチオフェンに興味を持って研究しているとのことですが、現在の研究テーマに関心を持ったきっかけは何だったのですか。

実は最初からT字型に興味があって研究室に入ったわけではないです。大学2年生の時に履修した専門の有機化学の講義を、現在は東京大学にいらっしゃる磯部先生が担当しくださっていたのですが、その先生の有機化学の講義がめちゃくちゃ面白くて、磯部先生の専門がベンゼンのような芳香族化合物を中心とする化学だったのもあって、自分もそういう化学がやりたい、という思いを抱きました。ただ、自分の研究室配属のタイミングで磯部先生は東京大学にご転出されてしまったのもあり、同じく芳香族化合物を使うような研究を展開していた今の研究室に入りました。そこで渡された研究テーマがたまたまこれだった、というわけです。

-面白そうだと思った研究をしている先生がタイミング悪く他の大学に移ってしまい、どうしようと悩んだ末に入った研究室で渡されたテーマをやっている、ということなのですね。

もともと最初の研究テーマをここまでずっと研究し続けるとは思っていませんでした。色んな経験を積んでいって自分の研究したい分野を探していこうと思っていたのですが、いざやってみたら思いのほか自分のやりたいことに近くて面白いな、と思ってしまったというところはあります。

-いつその面白さに気付いたのですか。

博士課程に進学する直前、修士2年くらいですかね。自分が研究したい分野ってなんだろうと考えた時に、いつの間にか今取り扱っている物質がその中心になっていて、「あぁ僕はもうこの化学から抜け出せないんだ」と思いました。

-この研究の意義はどこにあるのですか。
90°という角度は有機化学の世界ではあまり多くは出てきませんが、僕たちの身の周りにはたくさんあります。他の分野だと、例えば物理なんかでも直交するベクトルの内積は0になりますし、こういう90°に関連する事柄が科学には沢山あると思います。
僕の研究の展望を1つ述べるとすると、僕たちが暮らすマクロの世界での建築物が例えば柱や梁、壁のようなパーツを組み合わせて建築されているように、ミクロな世界で複雑な物質を精密に「建築」しようと思ったときも同じように各パーツを使って物質を組み上げていく。こうした中で90°という角度を使うことでより細かな設計が行えるようになると考えています。ただこれは少し先の目標であって、数年で達成できるような簡単なことではないです。T字型のベンゾチオフェンをどうやって簡単に作れるようにするのか、あるいはどんな反応性があるのかを調査するような、どちらかと言うと基礎的なことを主に研究しています。理学部的、と言ったら分かりやすいかもしれません。ですので、申請書を書くのがなかなか大変です。

-研究計画書や申請書を書くときに困るという話がありました。その際、どういうふうに書けない部分を乗り越えていくのでしょうか。

時間をかけて色々な論文を読んだ上で「こんな新しい展開がありそうだ」「こんな応用も考えられるかもしれない」といったことを考えて乗り越えようと努力してきましたが、そういう努力が結果に結びつかない、乗り越えられない時も沢山ありました(笑)。ただ、そうして身に付けた知識や思いついたアイディアは後々自分の研究に活きているなと感じますし、考えること自体に意味があるという学びを得たという点で貴重な経験だったなと思います。

-他の論文を参考にして、あとはひたすら考えることが大事なのですね。今現在の研究活動で難しいと感じるものはありますか?

申請書や論文の執筆がなかなか難しいです。研究を進めていくにつれて、申請書や論文の執筆、研究会、学会といった場での研究報告で、自分の研究について説明し、他人を納得させることが必要になります。自分の中では分かっているつもりでもなかなかうまく表現できない。特に、専門外の人に説明しようとする時が難しいなと感じています。

-申請書の話は、大学院進学を目指している学部生が将来直面するであろうリアルな話ですね。ありがとうございました。

◇一つ面白くなると、他も面白くなる
-学部生の頃に所属していた学部学科を選んだ理由を選んだ理由を教えてください。

学部生の時の所属は理学部化学科でした。この学部学科を選んだ理由は、高校の頃に化学が好きだったからです。高校1年生の時に化学を習って、当時化学部に所属していた僕は化学にどっぷりとのめり込んでしまいました。当時から、「なぜこの反応が起こるんだろう」「なぜこの色なんだろう」と疑問に思うことが多々あり、理由を知りたい、もっと化学を勉強したい、と思ったので化学を選びました。直前まで医学科を受験するか化学科を受験するか悩んでいたのですが、当時の担任の先生がAOⅡ期のことを教えてくれて、「ぜひ君は受けるべきだ。こんなに化学ができて、化学がやりたいなら、是非受けてみなさい」と言われ、受験しました。AO入試で不合格だったら医学科を受験しようと思っていたのですが、運良く合格できたので、化学科に進学することとなりました。

-東北大学を選んだのは理由があるのですか?

実家に比較的近かったからです。東京大学も選択肢にはあったのですが、現役で合格できるかどうか怪しいなと思っていました。ただ、それまでもやりたいことしか勉強してこなかったタイプの人間なので、今更受験のためだけに興味のない科目を勉強する気もあまりありませんでした。「東大は難しいかな。海を渡ると不便だから北大もどうだろう。それじゃあ陸続きの東北大かな」という安直な理由で東北大学を選びました。

-どうして医学科と化学科で悩んだのですか。

当時化学が好きで面白かったので、その延長で化学科に進学するか、あるいは全く触れたことのない医学科に進学するか、という感じで揺れていました。

-なるほど。大学生活をスタートする上で意識していたことや、目標だったことはありますか。

日々の生活に慣れることですね。高望みするつもりはなかったですし、実家を出て一人で暮らしていくのは絶対に大変なことだと思っていたので、とりあえずは生活面を安定させようと思っていました。それが最初の目標です。

-大学に入学したばかりの頃に楽しみにしていたことや、不安に思っていたことなどはありますか。

専門化学を学べるということが楽しみでした。あとは青森出身なので仙台がどんな街なのかというところも楽しみにしていました。ただ、どちらかというと不安の方が大きくて、最初の1年はずっと地元に帰りたかったです。自分で自分のことを全部やらなきゃいけなくて、ご飯の問題とか、朝が苦手なので朝起きれるのか問題とか。不安の方がずっとずっと大きかったですね。

-仙台での生活に慣れるまでかなり時間がかかったのですね。

そうですね、1年半くらいかかりました。2年生の夏くらいに、ようやく「実家に帰らなくてもいいな」と思い始めました。それまでは帰省するたびに「仙台に戻りたくない」「自分の居場所は仙台じゃない」と思っていました。

-大学の授業はどうでしたか。

大学の化学の授業が楽しみだったのですが、残念ながらそれがあまり楽しくありませんでした。大学に入って一番初めに量子化学という物理寄りの化学を勉強するのですが、「僕は物理をやるためにここに来たんじゃないぞ」って当時は思っていて、大学辞めて医学部に入り直すとかも考えていました。そういうこともあって、最初の1年はあまり楽しくなくて不安で、でもせっかく入ったのに辞めるのも…と思いながら1年間過ごしました。

-不安が消えたきっかけはありますか。

他の専門化学の講義が面白くなった、というのが一番大きいですね。「僕のやりたい化学はこれだ、やっと見つけたぞ」という感じで、そこからは勉強のモチベーションも保てて、楽しい生活が送れるようになりました。あとは、1年経って気持ちに余裕が出てきたというのもあります。それまでは不安な気持ちで仙台を眺めていたのですが、余裕ができたことでそういうフィルターがなくなって、「仙台っていいとこだな」ってようやく思い始めました。自分の部屋にも慣れてきて、自分の居場所はここだっていう感覚も出てきました。

-やはり授業が面白いかどうかはモチベーションに大きく影響するんですね。

一つ面白くなると他も面白く見えてきますよね。元々面白くない講義だと思っていても、「こことここが関連してるんだ」というのがじわじわ見えてきたりします。「物理寄りの化学も実は大事だったんだ」ということが後々わかってきたりして、知識と知識がつながってくると楽しくなっていった記憶があります。

-勉強以外の大学生活はどうでしたか。

「とんぺーポケモンサークル」というサークルに所属していました。ポケモンが好きな人がたくさん集まるので、そういう人にはとてもオススメです。また、仲の良い高校の先輩が「クイズ研究会」というサークルに入っていて、そこにも所属していました。ほとんど毎日こっちのサークルに顔を出してはボードゲームや麻雀に明け暮れていて、生活スタイルが落ち着いてからは勉強以外もかなり充実していました。

-2年生以降は勉強にも熱が入りつつ、サークルも楽しくなってきたんですね。勉強とサークルにはそれぞれどのくらい時間を割いていたのですか。

講義に出席する以外に勉強をするつもりはあまりありませんでした。興味があったら参考書を読んだりはしましたが、講義を受けているとき以外はサークルに行って先輩と遊ぶ、そして家に帰って友達とゲームする、という感じで勉強以外の方にしっかり時間を割いていたのかもしれないですね。

-改めて博士課程に進学してから振り返ってみて、大学1年生のころ、もしくはもっと早い段階でこれやっておけば良かったと感じているものはありますか。

もっと英語の勉強をしておけば良かったと思っています。元々英語はあまり得意ではなくて、AOⅡ期の化学科の試験では化学しか出題されないので、英語のレベルが周囲よりも低いというのはずっと感じていました。好きではないからやってこなかったというのもあるのですが、留学でも行っておけば抵抗もなかったんだろうな、みたいなのは後から思いましたね。留学まで行かなくても、本を読むとか、TOEICの勉強をするとか、やろうと思えばできたはず。他の人もこう言うと思うんですけれども、僕も例に漏れずその一人でした。

-反対に、やっておいて良かったことはありますか。

パソコンのゲームをかなりやっていたので、パソコンに詳しくなった、パソコン系のトラブルで困らなくなったというのは今の時代に合っている良いことだと思います。僕の所属は実験系の研究室なんですが、パソコンで分子の構造や安定性を計算したりするようなこともやっています。実験結果と計算結果の両方の視点から物事を見ることができるという点で、パソコンにいっぱい触れていた経験が今も役立っていると感じています。

◇教えることの楽しさを将来のキャリアでも
-将来はどういうキャリアを歩んでいきたいと考えているのですか。

化学の教員になりたいです。実は高校の教員の免許を持っていて、専修免許という大学院卒業相当の免許を持っています。教えることがすごく好きで、相手が今どう考えていてどう教えたらいいのかを探っていく部分や、あるいは教え終わったあとに本人がこの先自分で問題を解決できるようになるにはどうしたら良いかという部分に興味があります。ただ、高校の教員免許を取得して思ったのは、自分の教えたい化学が高校化学とは少しずれているということです。知識そのものに重きを置くような勉強ではなく、その根底にある理屈に重きを置くような方向性で勉強を教えたいなと思っています。実は博士課程に進学したのも、こうした化学を教えることができる教員になりたいという想いがあったからというのが1つの大きな理由です。少子高齢化でアカデミック・ポストがないという話はありますが、可能であれば、教える立場になって教鞭を振るいながら研究をしたいなと思っています。

-教育に興味を持った経緯を教えてもらえますか。

父が高校の教員だったので、教育に対してもともと距離が近かったと思います。また、小中高とある程度成績は良かったので、人に教える機会が多くありました。その中で、どう教えたらわかるかなということを考えて、いろいろと探りを入れながらアプローチしていく、それ自体が面白いと感じましたし、分かった時に相手と喜びを共有するみたいなことにもやりがいを感じていて、もともと教えることが好きでした。大学に入った当初にアルバイトとして始めた塾講師も楽しかったです。お金が欲しいというのも勿論ありますが、学生相手に教えてみたいという気持ちの方が強かったです。それもあって、教員免許を取ることを決めました。まとめると、もともと教育というものが身近にあって抵抗がなかったということと、教える環境があったということの二つが教育に興味を持ったきっかけですね。

-なるほど。

高校3年生の時に、同じ学年の生徒に向けて化学の授業をしていました。これは覚えたらいいとか、これはこうなっててこうだからこうなっているんだよみたいな話をして、面白エピソードを交えたら教室が湧く。快感ですよね。最初は3人くらいだったのが、回数を重ねるごとに人数が増えていって、最終的には1クラス埋まりました。それが自分の勉強にもなるっていうことにも途中から気づいていました。

-教えるという場面もしくはその前後の時間で意識していること、工夫していること、もっといえば、教育において何が大事か、ということについての三上さんの意見をお伺いしたいです。

課題を解決するだけではなく、課題を解決する能力を身につけてもらうことが大事だと思っています。分からないことは質問すればわかりますし、何が足りていないのかもわかりますけど、大学で求められるのは、何が足りないのかに自分で気づいて調べて身につける能力だと思います。研究する上でもそうですね。でも、残念ながらそういうことは義務教育で教えてくれません。ただ、僕が家庭学習を全くせずに今こうして研究に従事しているということは、ここまで進んでくる過程のどこかでそういう能力を拾うことができたからだと思うんですよ。そういうきっかけを教える中に取り込めたら、もっともっと学生が伸びていってくれるのかなと思っています。

-最後に、このインタビューを見てくれている学部1年生にメッセージをお願いします。

やりたいことがあって大学に入った人はきっと迷わないはずです、自分が信じる道を楽しんで突き進んでいってください。一方で困るのは、やりたいこともなくて…という学生。仮に選んだ道が今の自分にとって本当にやりたいことではなかったとしても、本当にやりたいことが後々見つかって、そのやりたいことに自分の経験が思いがけず活かされる、なんてことはよく聞く話です。面白いと思っていることを追っていたら、いつの間にかそこに道があるんだと思います。だから、今自分が少しでも面白いなと思っている・感じていることを大切にしてほしいです。